公開日: 2021/08/30
更新日: 2022/09/06
――― まずは、カシオ計算機(以下、カシオ)の楽器事業の歩みについて教えてください。
川合 カシオ計算機を設立した樫尾4兄弟の次男である樫尾俊雄が、演奏できない人にも手軽に音楽を楽しんでもらえるようにと開発を進めたのが『カシオトーン』です。1980年に世界で初めて「メロディガイド機能」を搭載した電子キーボード『CT‐201』を発売し、昨年、楽器事業は40周年を迎えました。また、楽器事業のスタート地点でもある『すべての人に音楽の楽しさを』は、今も楽器事業におけるフィロソフィーとなっています。
――― CT‐201以降は、どのような動きがあったのでしょうか。
川合 1986年には、自然の音を録音して音源として演奏できる、サンプリングキーボードの『SK‐1』が爆発的にヒットしました。現行のキーボードや電子ピアノ以外にも、過去にはデジタルギターやデジタルホーン(管楽器)、デジタルドラムなども発売しました。
――― 光る鍵盤を追っていけば曲が弾けるキーボードを開発したのもカシオでは。
川合 日本人は、必ず一度は学校で楽譜を目にしているし、鍵盤楽器に触れています。でも本当に弾ける人はかなり少ない。とはいっても、音楽を聴かない人、嫌いな人はまずいません。であれば、難しいことは抜きにして、光を追って鍵盤を叩けば曲が弾けるようになればいいんじゃないか、と考え、それを実現したのが1996年に発売した『CTK‐520L』です。この時は、クラシック系の曲しか入っていませんでしたが、次のモデルからは著作権曲でJポップとか、みなさんの耳に親しい楽曲を入れたことで、爆発的に売れました。
――― 電子ピアノについてはどうでしょうか。
川合 2003年に『Privia(プリヴィア)』を発売しました。ネーミングは、プライベートピアノ、略してプリヴィア。
――― 1980年から現在に至るまでの41年の楽器事業の歴史のなかでは、キーボード、電子ピアノに関する様々なモデルが発売されたと思います。販売台数もかなりの数では。
川合 出荷ベースですが、全世界で約9000万台です。
――― 9000万台ですか。すごい台数ですね。そんなに多いとは全く思いませんでした。
川合 そう、実は、すごいんです(笑)。
――― この40年で楽器を取り巻く環境にも変化があったのではないでしょうか。
川合 かつてピアノは、女の子の習い事の第1位でした。今は3位くらい。少子化の影響で習い事がどんどん多様化しています。また、41年前の『CT‐201』は9万7000円でしたが、今だと1万9800円です。先進国はデフレ化し、機能と価値が反比例している。切ない状況ではありますが、我々の掲げるフィロソフィー『すべての人に音楽の楽しさを』に対する信頼も増してきますし、実現性も出てきますから、結果的にはこうした環境面での変化は決してマイナスではないと思っています。
――― 環境の変化と言えば、昨年からのコロナ禍。コロナ前と今とでは、販売にも大きな影響があったものと思います。
川合 劇的に変わりました。ひと言で言うと、過去からのお客様とは違う方が増えています。以前から楽器演奏の経験のある人やバンド活動をしている、といった方が中心となっていましたが、今は年配者が急激に増えています。アクティブシニアと呼ばれている世代ですね。家での時間をどう過ごすか、と考えた時、そこには様々な『気づき』があるのです。ステイホームをどうするんだ、と考えた時、多くの方が音楽の楽しさに気付き再認識してくれた。それが1年から1年半前ですね。
――― その『気付き』のキッカケが、コロナ禍?
川合 それも一つの要素ですが、コロナ禍のステイホーム需要だと言われる前に、弊社ではライフスタイルの提案をしようということを、『PX‐S1000/S3000』の発売に合わせ、2019年の春先から始めていたのです。ライフスタイルの提案という大きな気付きを、コロナ以前からお客様に向けて発信しており、そこにコロナ禍のステイホームが重なりました。正直、想像を超える評価を頂いています。
――― ライフスタイルの提案について、具体的に教えて下さい。
川合 過去の電子ピアノ、もしくはピアノのイメージって、家の隅っこにしか置けないという感じだと思うのです。でも、『そうじゃないんじゃないですか?』という提案です。デザイン、音、タッチ。電子ピアノのこの3つの要素をキッチリと抑えつつ、自分の好きな空間で楽しみませんか、と。今年7月にニューモデル(『PX‐S1100/S3100)を発売しましたが、弊社としては機能的な価値だけではなく、情緒的な価値をキッチリお客様にお伝えしようということで、スタイルブックを作り始めました。
――― 電子ピアノでスタイルブックというのは、初めて聞きました。
川合 そうですよね。音楽シーンというよりも、家の中に楽器があるシーンを中心に展開しています。楽器のデザインも、黒だけじゃなくて、ファブリック仕上げにしてみたり、ちょっとファッショナブルにしてみたり。当然、クォリティも上げています。別売のブルートゥースアタプターを使うことで、自分の持っているブルートゥースのオーディオで鳴らしたり、自分でセッションしてみたりなど、楽しみ方の提案もしています。2019年のモデルも、今年発売のニューモデル(『PX‐S1100/ S3100』)も、ハンマーアクション付きの88鍵盤でスピーカー内蔵電子ピアノとしては業界最短(カシオ調べ)の奥行232㎜。スリム・スタイリッシュ・スマートをキーワードにしているので、家の端っこで弾くのではなく、いつでもどこに置いてもインテリアと調和し、どこでも楽器演奏や音楽を楽しむことができます。
――― キーボードや電子ピアノを通したライフスタイルの提案とステイホームが重なることで売上はどう変わりましたか。
川合 おかげさまで、弊社の楽器事業の利益率も10%以上を達成しました。
――― それだけ業績好調だと、競合他社がマネをするのでは。
川合 2019年発売のモデルから2年半経ちますが、今のところはないですね。スリムでスタイリッシュ、スマートなデザインにするため、鍵盤や筐体の再設計など、実は簡単にはできない技術が使われています。そもそもの話になりますが、電子ピアノのマーケットは2000年頃にはかなり落ちていました。少子化の影響で、親が子どもに買い与える情操教育ツールとしての電子ピアノの役割は、どんどん縮小。2002〜3年には12〜3万台まで落ち込みましたが、2003年に弊社が『PX‐100』を発売。同機種が人気となり、マーケットは3〜4年で18〜9万台にまで回復しましたが、競合他社は当然追随してきます。その結果、商品のコモディティ化(同質化)が起き、マーケットは成長しても弊社の売り上げは落ちていきました。そこで、カシオだけの強みを作ろう、他に置き換えられないことをやろう、ということで始めたのが、「スリム・スタイリッシュ・スマート」です。
――― スリム・スタイリッシュ・スマートの製品によって、客層は変わったのでしょうか。
川合 変わりました。ピアノは親が子供に買い与えるモノだった時代は、40歳前後の親が購入し、5〜8歳ぐらいの子供が使うのが一般的でした。でも今は、8歳あたりから30代の女性の購入がすごく増えています。おそらく2019年のモデル(『PX‐S1000/S3000』)の発売で、過去の経験者と思われる人たちのニーズが一気に顕在化したものと思います。
――― 先ほど、年配の方も増えているという話がありましたが、ユーザーが子どもから30歳前後の女性や年配の方にスライドしたということでしょうか。
川合 いえ、そうではありません。これまでのお客様は変わらずいらっしゃって、そこに新たに、30歳前後の女性の方や年配の方が加わったという感じです。
――― なるほど。客層の変化に伴い、何かエピソードはありますか。
川合 SNSがコミュニケーションの主流になっている今も、電子ピアノは、音やタッチ感など、実際に見て触れることが重要なので、顧客接点の場を専門流通様(楽器店)と決めました。その店頭で、スタイルブックにあるようなシーンを再現したりするのですが、『このまま全部ください』というお客様が結構いらっしゃいます(笑)。
――― アパレルショップのマネキンが着ている服をそのまま買う、いわゆる「マネキン買い」みたいな感じですね。
川合 そうです。飾り物も含めて一式欲しい、と(笑)。そういったお客様は、今までいらっしゃらなかったので、そういった部分からもお客様自体の変化を感じます。
――― では、最後に今後の展開について教えてください。
川合 他メーカーとシェアを争うのではなく、スリム・スタイリッシュ・スマートというジャンルを立ち上げることで、新しいお客様に向けて製品をアピールできました。これを継続しながら、もっと違うクォリティを求める人、もっと操作性を求めている人など、多様なニーズに応えられるような製品展開やマーケティング活動をしていきたい。そして、お客様に対して、『音楽は楽しい!』ということを訴求できるようなモノ作りと情報発信をしていければと考えています。
――― ありがとうございました。
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